| 香港 「香港競馬ジョッキー・クラブ」 | |
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世界各地でジョッキー・クラブの名を耳にすることは多いが、いわゆる日本の中央競馬会とは違う。この団体の正体を明らかにするには、まず、18世紀の英国に端を発する、紳士クラブなるものについて語る必要があるだろう。 クラブの原型は紀元前数世紀、アテネの貴族らのスポーツ・クラブに遡るといわれる。が、共通の目的や使命を持つ人々が社交や娯楽を兼ねて集まるクラブなるものが、本格的になったのは、18世紀の英国であった。当初設立された紳士クラブの幾つかは、今日でも名門紳士クラブとして活動している。 18世紀の英国の文豪で、多くのクラブに顔をきかせたサミエル・ジヨンソンが「いいクラブの席こそ最高の居心地」と、称したように、娯楽の要素を持ちながらクラブは富裕階級のインテリの集まる場だった。このため、影の大きな政治的パワーを宿していたようだ。 英国にジョッキー・クラブが設立されたのは、18世紀半ば。そもそもは競馬愛好家の集まりであったが、競馬の人気とともにそれに付随する多くのトラブルを処理し、競馬を統括するものとして組織化された。もともと、馬のスポーツは、貴族や上流階級に親しまれたため、メンバーは貴族、上流階級の名士で占められたらしい。やがて、それは競馬にまつわる社交クラブとしての色合いをも強くしてゆく。 非営利団体として、競馬の売り上げを慈善事業に還元、後に英国王室の支援を得てロイヤル(王立)の称号を授かる。ロイヤル・ジョッキー・クラブに続き、カーレースを支援したロイヤル・オートモビル・クラブ(RACクラブ)、ロイヤル・ゴルフ・クラブなども設立されるが、これらのクラブに席を置くことはまたとないステータスとなった。 これらのクラブは19世紀、英国将校逹により、植民地にも次々と支部を誕生させてゆく。RACクラブは、今日では当初の目的とはかなり離れたものの、門戸を広げ(今や車は贅沢品ではない),英国連邦諸国でポピュラーな紳士クラブとなっている。一方、ロイヤル・ジョッキー・クラブは、馬主らが力を持ち、幾分閉鎖的な性格を残している。 さて、ホンコン・ジョッキー・クラブだが、香港に正式に誕生するのは、1884年のことである。1842年に香港が英国植民地化して数年後、1945年には、既に、英国将校らにより競馬らしきものが開催されていたらしい。1846年のチャイナ・メイル紙上には既にハッピーバレーでの競馬記事が開催されている。 香港のような起伏にとんだ狭い土地で、競馬に適したトラックを作るのは容易ではなかった。黄色の泥地とよばれていた山間の土地に目をつけ、ハッピー・バレーと呼んで競馬場を整備したのが、20世紀には入り香港総督を努めたヘンリー卿であった。ホンコン・ジョッキー・クラブの前身であるレイシング・コミテイを設立したのもヘンリー卿である。 1845年頃の香港の人口は24、000人余り。 その内の3割り近くが英国人を中心としたヨーロッパ人であった。ヨーロッパ人の娯楽のために持ち込まれた競馬は、地元の中国人の間にも急速に関心を集めるようになる。競馬開催時の華やいだ祭りのような雰囲気は中国人の上流社会にも好まれたが、競馬のスリルは中国人一般にも好まれ、競馬開催時にはハッピー・バレー周辺の丘に庶民観衆が集まった。 こうした競馬の人気のたかまりに、内外からホンコン・ジョッキー・クラブの設立が求められるようになる。1884年、設立会員36名。入会金10ドル。年会費10ドル。競馬場が浸水したのを修理したり、取り引き銀行が倒産したりと、初めは災難続きだったホンコン・ジョッキー・クラブは、多くのファンに支えられ急速に力を蓄えていく。 竹と藤で作られていたスタンドも英国風のしゃれた建築に造り替えられ、ここに着飾って競馬を見物するのはコロニアリスト達の週末の楽しみとなった。馬も集まない第二次世界大戦時も、競馬は日本軍傘下で細々と続けられ、戦後、好況な香港経済を背景に再び、競馬熱が再燃される。 そして、1960年、香港を初めて訪れたエリザベス女王は、3日という短い滞在日程にもかかわらず、ホンコン・ジョッキー・クラブの会合に出席、女王自身の賛同を授かり、ここに名実ともに、ロイヤル・ホンコン・ジョッキー・クラブとなったのっである。 1971年まではアマチュア騎手で行われていた競馬も、世界各地からのプロ騎手や名馬が登場、場外馬券が発売されるようになり、香港の競馬ファンは50万人に急増。このため、掛け金のコミッションを主体とした年間売り上げは340億ドルにも達しているが、非営利団体であるため、運営諸経費を除いた収益は社会事業に寄付される。 香港の教育、文化、娯楽、医療などの様々な分野での資金サポートはもちろん、中国天安門事件の際の株価暴落を買い支えるなど、社会面だけでなく香港経済の影の柱ともなっている。 現在会員数は1万2000人。現在昔ほどのウエイテイング・りストはないが、メンバーの200人の評議員が推薦することにより、加盟できる。日本人の会員も十人ほどいるという。入会金1400ドル。会費は月額200ドル。決して高くはないが、競馬を理解し、総会に参加し、クラブに貢献できる人であることが条件。名前だけの幽霊会員はすぐ除名されてしまう。 会員になれば、クラブの所有する様々な施設が自由に利用できる。ハッピー・バレーとシャテインの競馬場には、レストランやヘルス・クラブなどを備えたクラブ施設がある。さらに、新世界地区の緑豊かな郊外にビーズ・リバー・カントリー・クラブがある。ここには、乗馬クラブを初め様々なスポーツ施設とレストラン、ホテルがあり、週末のリゾートとして会員に愛用されている。 香港の競馬は、毎年九月から五月までがシーズン。週末の日中と水曜日の夜に、競馬が開催される。ハッピー・バレーの山並みを背景にトワイライトの中で行われる夕刻のレースが、人気がある。ハッピー・バレーの高層住宅のベランダで一杯飲みながら、競馬を眺めるのは香港の風物詩でもあるらしい。 もちろん、ジョッキー・クラブの観覧席が最高のスポットでもある。既賓客のための特別席、馬主のための専用席とあり、5階にはメンバー専用の馬券売り場が設けられている。競馬開催中、中華料理、フランス料理などのレストランは家族連れで満席。このレストランの席から、ウエイターに申し付けて馬券を購入することもできる。電工掲示板には最新のコンピューター・システムで掛け金が弾き出される。 薄暮のトワイライトから闇が迫り、周辺の高層住宅の眩いネオンに囲まれたトラックが浮かび上がる。最終レースには、一挙に興奮が登り詰めている。山並みにこだまする声援。330万倍という史上最高の高配当を出したこともある香港の競馬、世界になだたるこの競馬を仕切るこのクラブは、かつて、香港政庁、香港上海銀行と並ぶ香港の三大パワーといわれた。現在は、中国に返還され、ロイヤルという称号も外されたが、英国に代わって、ギャンブルを禁じている中国本土から注がれる関心もひとしお熱いようだ。 |